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まんまつづり

 

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叩き込んだ歌

槙原(敬之)くんの『ただの例え話じゃない』という歌を。

 

 

 

先日ひさびさに、ガクーン!と心くだける出来事がありまして。。。

自分の行動を省みてなんですが。

 

 

そうはいっても、立ち直りの早さには自身のある私。

今は、さらに心が丈夫になった気がしているんですけどね(^^)

 

 

なので、ここに載せる気にもなったんだと思います。

 

 

 

 

傷からまだ流血状態の最中、たまたま聴いたのが、この曲。

 

ずいぶん長い付き合いのCDですが、

まともに歌詞を聴いたことがなかった曲。

 

 

 

よく叩き込め!

と、聴かされた気がして、何回もリピートしました。

 

最後らへんは、

終わりの方の

 

   大切な人を傷つけたいと

   思うわけなどないと誰もが言う

   傷つけたくないとただ思うだけでは  

   守れないという事を思い知るその時までは

 

   This is not a metaphor talk

   これはただの例え話じゃない  

   自分が思いも寄らないような

   行動をとってしまう僕ら人間の話

 

   (Inside us all

   lies the power to destroy things,

   near and dear to us)

 

ていうとこを叩き込むように、刷り込むように音量も更に上げ、入れ込みました。

 

 

 

 

「当たり前にわかってるつもり(人に対するものでも、環境や動物とかに対しても)のこと」

 

そんなことでも、

心の軸がずれてる時には

普段とは全く違う顔が出てくることもある人間。

 

 

両刃の刃は、人間の中にもある。

大事に扱わなくてはいけませんね。

 

 

 

 

水やり、思いやり

水やりも思いやりも、

やり過ぎもだめ。やらなさ過ぎもだめ。

 

自分の中の計りじゃなくて、

相手の計りを感じてから注ぐことが大事。

 

難しいけど、あきらめずに感じようとし続けると、いつかみえてくるはず(^-^)

 

 

 

そしたら、

いつの間にか『やさしさ』が自分のまわりにあふれていることにも

感度良好になってるはず。

 

 

深呼吸

自分の心を出し入れする「息」

 

 

 

生きるための自然な呼吸も、それだけですごい役目なんだけど、

時には意識して深呼吸もした方がいいようです。

 

体のためにも、心のためにも。

 

 

 

息によって出し入れされるのが、

空気と同化した自分の心だったら・・・

 

 

 

 

まずは、

精一杯からだ中の空気を搾り出すように(からだを真空パックにするイメージ)

息を吐ききり、

そして、自然の大気の中へ開放。

 

 

そしたら、自然の大気の中で開放されて緩んだ隙に不要な付着を取り除かれ、

新鮮な空気をしっかり取り込んだ心を

今度は、からだ中に、めいっぱい吸い込みきる。

奥の奥から、表面の表面まで、ひたひたに、染み渡らせてください。

 

 

腹式でも何式でも、何回でも、

気が済めばOKです。

 

 

 

からだの隅々まで換気のできた心が染み渡ると、

 

更にパワーアップした

心ある言葉

心ある行動

心あるおもい

になって映し出されることでしょう。

 

 

 

習慣づけるのが難しい方は、

ちょっと疲れたな・・・て思った時や

心にもないことを言ってしまった・・・と後悔した時、

足のつかない水の中で、焦りを覚えるような不安を感じた時、

ちょっと、してみませんか?

 

 

 

「深呼吸をしてほしい」

 

自然が、人間に手を差し伸べながら願っているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙のゆらぎのリズムに近づけるといいなぁ・・・

「はまりどころに きちんとはまると 確実にあたり前にうごきだす」

 

 

昨日浮かんでた その言葉が、

今朝イメージとして出てきたのが「レコード」

 

私の中では面白いたとえだったので、忘れたくなかったからここに書くことにしました。

 

 

 

懐かしい響きですね、レコード。

初めて買ったのは、ピンクレディの「ペッパー警部」だったかな・・・

 

 

 

 

 

さて、その「レコード」。

感じたのままのものを言葉にしてみるとこんな風です。

 

 

   少し埃がついてそうなレコードが、   

   雑な手つきでプレーヤーにのせられ、針をおろされる。

 

   音がちょいちょい飛んで聴きづらい。

   埃のせいみたい。

   

   埃をフッと吹き飛ばして 針をおく。

   今度は埃を布ではらってから 針をおく。

    これを何度も繰り返す。

 

   レコードの音。

   はじめは楽器らしい音が何種類かわかる程度の音(音色とはいいがたい)。

   溝がきれいになるにつれ、それがオーケストラの演奏らしいのがわかってくる。

   

   溝はすっかりきれいになったようだけど、なにか音がぼやける。

 

   なにがおかしいのか・・・・?

   プレーヤーの真ん中のとこに、

   レコードの真ん中のとこが、きちんとはまってなかったみたい。

 

 

   レコードがきちんとはまるように必要なものをつけて、

   再度針をおく。

   軽やかだけど、厚みのある、きれ~~な音色が流れ出す。

 

 

 

   

 

 

自分が生かしてもらっている空間(環境)そのものがプレーヤー。

レコードと、それを置いてるのは同一人物、自分。

 

 

プレーヤーは何度も何度も音を確認させてくれます。

その代わり、レコードの埃をはらい、針をおくのは自分。

 

 

 

そして、その作業を繰り返して、

何を自分の真ん中に携えておくべきか気付いたときに(^^)

 

 

 

 

「運命」ならぬ「人生」て音が聴こえてくる・・・かも♪~♪♪~

 

 

 

 

 

 

 

 

   

   

    

 

心の糸が切れる音・・・?

自分なりではありますが、

『今の精一杯』を大事にしてきました。

 

 

 

しかし、 ふとしたことがきっかけで、

頭の中の後ろの方で音にならない「パーン…」という音がした気がしました。

 

 

 

「血管がはじけたら、こんな音するんかなぁ・・・。でも、これは・・・

『心の糸が切れた』んかな?」

と思いました。

 

 

そして、心・体・イシキが飽和状態というか、

ある意味で解き放たれるような、なんとも言えない感覚になっていく。

 

 

 

そうはいっても、行動がストップしたわけでもなく、

思考がストップしたわけでもありませんでした。

 

 

 

 

考えて行動しながらも、

心は止まってしまっているような・・・

 

 

 

 

無意識と意識の境目で、

「いっそ、このままなら楽だろうなぁ・・・」

「でも、それは本意じゃないいよなぁ・・・」

とかフワフワしながら、

無理に頑張ろうとする気もおきず、

でも、何かをしなくちゃいけないという感触は微かに残っていて、

何となくぼんやりとしつつ動いてました。

 

 

 

 

そうこうするうちに、

「わからないなら委ねるしかないよ」

と、すべてに溶け込んでみました。

 

 

 

 

それからあまり時間の経過を待たずして、

ふいに『半透明の糸が固く結んである部分』の映像が浮かんできました。

 

 

 

心の糸をぎゅっと結んでいただけた気がしました。

と、その時、心も戻った感じ。

 

 

 

ありがたかったです。

思わず、見えない結び目を、見えない両手で包み込むように握り締めてました。

 

 

 

 

結んでもらえたということは、

まだつながっている意味があると判断してもらえたんでしょう。

 

 

自分のケア、

しているようでも手抜き工事があるとこうなるのかもしれません。

 

 

それをはじめての感覚で感じさせてもらいました。

 

 

 

「自分のケア」

というと・・・

福岡の癒しびと、ふうりんさんのブログにおもしろい記事が。

『「疲れた時には、背骨にエネルギーを入れましょう。」 の記事』

http://ameblo.jp/furin-shinbi/entry-11275475999.html 

 

 

 

そういえば、最近うつぶせになると心地よく感じる自分に気づいていましたが、

そういうことだったのかもなぁ・・・と、

今回のことを通してフムフムと思ってしまいました。

 

 

 

 

   

 

 

響いた言葉

葬儀の帳場を手伝った際のことです。

 

 

帳場での動きが落ち着いたときのこと、

同じ帳場で助けてくださっていた式場スタッフの女性が

私のすぐ横に立って小声でたずねてこられました。

 

 

「あのお嬢さんたちは・・・、みなさんお孫さんですか?」

とのおたずねに、「はい、そうです。」と答えました。

 

 

 

すると、その女性が、

 

その4人のお孫さんや、

参列者の方と言葉を交わされている 亡くなった方の奥さん、

その娘さんたちご夫婦の姿に

優しいけれど、しっかりした視線を向けながらこんなことをおっしゃいました。

 

 

 

 

「今どきの あのくらいの年の子たちは、離れたとこに住んでたりすることもあったり、

何かと縁遠かったり、いろいろ(な関係が)ある中で、

あのお孫さんたちみたいに

『おじいちゃん、おじいちゃん』て、泣いていらっしゃる姿を見てると、

『ああ、この方(故人のこと)は、どんなにか いいおじいちゃんだったんだろうなぁ・・・』

て、思って・・・。

 

もう、それだけで、この方の人生オッケー!!(小さなジェスチャーだけど、腰の横のへんで、手でOKマークをつくって、言葉と同時にグッと力強くやや前方に押し出して)!!て、思えるんです!

 

 

て。

 

 

 

私までもが、すごくうれしかったです。

 

 

 

 

 

 

そのとき、しみじみ思いました。

 

 

亡くなった方も、その親族の方々も、

ここで送ってもらえて、きっと、

OK!

だったんじゃないかな・・・、て。

 

 

 

 

 

この部分のことだけでも、身内に話すだけでは感動があふれ出て止まらないので、

せっかくなので、ここにもサクッとこぼさせてもらいました。

 

 

 

 

 

 

この女性とのお話、

このあとも心に響くお話は続きましたが、

私の活字表現があっさりしすぎるので、この部分だけ書かせてもらいました。

 

 

一連のお話は、

周りの方々に、折に触れて受け取っていただけたらと思っています(^^)

 

 

 

 

 

 

 

この6月は・・・

「繰り返すことの清算の月」

 

 

 

 

何度も同じような事柄から

逃げているような、目をそらしているような、よそ事と置き換えてはぐらかしているような・・・

 

 

そんな風に自分をかえりみることの多い方、

今月は、その繰り返しを終了させる好機です。

 

 

 

 

 

「5」のつく時に、

右手の親指と中指でわっかをつくり、

眉と眉の真ん中に、ノックをするようにでこピン3回

 

これが、内側への合図です(^^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを打ちながら、自分でもやってみました。

「ぎ~~~」て、古い木製のドアが開くような音を感じました。

 

出て行っているのか、

入っていっているのか・・・?

とにかく、一歩踏み出した様子です。

 

 

 

 

必要なことは 必要なときに 必要なように・・・やってくる

 

 

  044

 

  「神様」は、

  「その人がいつも言っている言葉」を

  「もっと言いたくなるような現象」を

  起こしてくる

 

 

  ●「否定的な言葉」を言っていると、「否定的な出来事」が起こってくる

 

  「神様」は、「喜ばれると嬉しい」というエネルギーだけの存在です。ゆえに宇宙

  では、その人が「いつも言っている言葉」が「その人の好きな言葉だろう」と思っ

  て、「もっとたくさん言わせて、喜ばせてあげたい」という法則が働いています。

 

・  

 

 

小林正観さんの「もうひとつの幸せ論」という本の、

私の年と同じ、見出し番号(?)「(0)44」が付いたとこの一部です(^^)

 

 

 

日ごろから「意識している」ことも、日常化してくると、

襟を正させるように再確認のものをよこしてくださるようです。

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

いや、

 

ありがとうございます<(_ _)>

 

ながれ 流れる とまる 澄む

人生という流れは個々のために

 

 

 

おおいなる流れはすべてのために

 

んーーー・・・?

「すべて」が「おおいなるながれ」

「おおいなるながれ」自体が「すべて」 ・・・ブツブツ・・・ブツブツ・・・

 

 

 

 

 

『人生』という名の流れの原動力は『自分』

 

「ちょっと待って!今考えてるから・・・」と言っても待ってはくれません。

というか、「待つ」という動きをとれない。

 

 

「ちょっと待って!」

その声に反応しているのは、自分の流れ

 

 

 

とどまってませんか?

清らかですか?

流れていますか?

 

 

 

 

 

星が降ってきた

夕べ、寝る前に家の前の道路で空を見上げました。

 

いつもながら星がきれいにでした(^^)☆

 

 

 

ちょうど、すぐ上あたりにきてた北斗七星。

 

 

北斗七星を見ると、一箇所見えにくい星があるので、

見たら、つい視力検査のように、

一つずつ星を目で追って数えてしまうんですが、

夕べも数えてました。

 

 

数えだしてすぐ、

真っ暗な背景に、白く見える星の七つの点以外に

小さな点が・・・

一つ、二つ・・・

あれ?

 

次第に、その点はハッキリとたくさんに。

 

雪でした(^^)*

 

 

なんだか、星が降ってくるみたいに見えて、

すっごく感動的でしたよ~(^^)!

 

 

 

雪も、あと何回降ってくれるかわかりませんが、

また、あの夜空を見たいなぁ、て思います☆*☆*☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報と意識とみたま

『大元』に思いをはせると・・・

 

 

「意識を携えた情報」という粒子の流れの中で、

それらの一部が集められ固体化されて「人」「もの」として、

みたまを携えて生きる。

そして・・・

 

 

と感じた。

 

 

 

 

年齢の差もあり、全くちがう世界で生きてるのに、

なぜ、同じ「前世」を持つ人が複数いるのか?

 

情報と意識とみたまのちがいは?

 

などなど、

少しずつ部分的に自分なりの思いを集めてきたものが、

一連のながれで表現できるような気がして、

イメージが逃げないうちに、隣にいた夫に聞いてもらいました。

 

 

夫は、根も葉もない、ちんぷんかんぷんな話を

いつも はねのけることもなく静かに聞いてくれます。

そして、数分で夢の国へ飛んでいってます・・・・(^^ヾ

 

が、受け入れてくれることがありがたい。

 

 

 

この話、

話すことはできるのですが、

活字で表現するには、

技術が足りなさ過ぎて無理です。

 

 

 

 

眠れない夜に手をやいておられる方、

私の成長を手助けしてやろうと思われる奇特な方などいらっしゃいましたら

お声をおかけください。

 

 

よろこんでしゃべらせていただきます(^^)♪

 

 

 

 

 

 

『おかげ』をえさに『協』釣れた。今日は協でできている・・・???

昨日、「おかげだなぁ・・・」という思いにふけっていた時のこと。

 

『協』の字が浮かんだので、追ってみました。

 

 

 

『協』 ・・・・・・

 

 

山積みの力が、華奢な十字架を支えてるみたいです。

 

 

 

 

不安な思いや迷いもありながらも、一人で立てるように頑張る。

 

やっと立てたと 一息ついて、ようやく周りを見る余裕ができた時、

気がつけば、

周りから支えの力をいーっぱいいただいてることに心底気付かされたりして。

 

 

頑張った自分(みたまもひっくるめてね(^^))にもありがとう。

支えてくれたたくさんの力にありがとう。

 

 

頑張った自分に、おかげさま。

支えてくれたたくさんの力に、おかげさま。

 

 

 

 

見えないことには気付きにくいけど、

その分ガッツリしみこんで効きますね。

 

 

 

 

生きてるだけで、もうそれは「頑張ってる」姿。

 

だから、頑張ってないものはない・・・はず。

だから、みんなに「力」は集まる・・・はず。

 

 

 

人、動物、もの・・・、ぜーんぶ、に。

 

 

 

だから、すべてにありがとう(^^)!

だから、すべてにおかげさま(^^)!

 

 

 

『今日』は、『協』でできている。

 

 

 

 

 

 

リストの『ラ・カンパネラ』

一週間前くらいだったか・・・

「ラ・カンパネラ、聴きたい」て思って、

数年前に買った時以来聴いてなかったリストのCDを車に乗っけて出勤。

 

 

夫を先に職場に降ろし、駐車場に向かう道中聴いてみました。

 

 

聴けば聴くほど「何か」が浮いてくる。

そんな感じ。

 

 

こうして、約一週間こまめに聴いてますが、

今の私にとって、

「一気に大きく変化すべき時に聴く曲」

が、これなんじゃないかと思うようになってます。

 

 

 

聴く度に、私の奥の方にあるものが、

変化のために削られているような気がします。

 

 

この曲の全体的なイメージは・・・

 

 

超微粒子スクラブの川(が、あるとして)に、

そっと入り 中央へ身を置き、流れに身を任せる。

 

ゆるやかな流れと心地よいスクラブ効果を得ていると、

スクラブが段々とキメが粗いものに変わっていき、流れもガンガン加速。

 

最後は、

ハイ、上がり! 頑張っといで!!

みたいに、勢いよくポーンと陸に打ち上げられるような感覚なんです。

 

 

変な表現かもしれませんが、

正直な感想なんですよ。

 

そして、実際すごく気持ちいい(^^)!

 

 

この一週間の間にも、不思議に思うことがちょこちょこ。

もしかして、なんかが変わった?・・・よね?て思えることが。

 

 

 

なぜ変化があるのか。

変化が必要だから。

 

変化することで、何が起こるのかはわかりませんが、

「必要だから」なら、おそれも心配も不要。

ウェルカム♪な気持ちで歩いていきたいと思います(^^)

 

 

 

 

 

 

果てがない・・・

Aさんの体に原因不明の痛み。

 

 

Bさんとの過去世にものすごく激しい遺恨を感じました。

 

読み取った過去は、

「Aさんが、Bさんに積年の憎さ怒りを持ったまま、

自害に追い込まれてなくなった」

というもの。

 

 

 

このときは、

まずAさんのみたまの中の絡まった糸をほぐすように当時のみたまをケアしました。

 

 

すると、そのケアしたみたまが、

遺恨を残した時代のBさんのみたまへ語りかけにいきました。

 

 

そして、Bさんのみたまのケアをしてくれたのです。

 

 

 

そのあと、ケアされたBさんのみたまはというと、

私が現世のAさんの肉体へのケアをしているところへ応援部隊として・・・

というより、途中からは私に成り代わる勢いで、

必死に、献身的に「救う」「つぐない」「感謝」という意志を持って動いてくれました。

 

 (すべてを表現できないので、『構図』的な書き方になっちゃいます。

伝わりにくかったらごめんなさい。)

 

 

 

 

それまでにも多次元間での「みたまの共有」を感じながらきたつもりでしたが、

この時は、

過去や未来や今というくくりが消え、

「すべて」が支えあっている、助け合っているようなものを見せてもらった気がして、

なんか、泣きそうでした。

  

 

 

 

すべてが本当の意味で『ひとつ』をつくるようになること。

時間はかかるかもしれないけど、

「あるよ」

と思えました。

 

 

 

 

 

 

『みたま』にとって、過去や未来、今、というものは、

それぞれが、

私たちが思う「体の一部分」みたいなものなんだと思います。

 

 

 

夜空の星を見るにしても、

気が遠くなるほど昔の輝きを「今」見ている。

ひとつの空間に、時間ではくくれないものが存在する。

 

 

 

すべてが共存。

 

 

 

遠くを見るのも大事

近くを見るのも大事

 

 

 

大きなとらえ方も大事

身近なとらえ方も大事

 

 

 

失敗も成功も大事

あるものもないものも大事

 

 

 

今何が必要かは、動きを止めない限り、いつかわかる。

 

 

・・・・・・・ヾヾヾ

 

 

 

まずい!

あ~~~、

またまた広がり始めました(^^ヾ

 

いい加減にしときます。

 

おつきあいありがとうございました!!

 

 

 

それでは、また(^^)!

 

 

 

 

わらえないときもありますよねぇ・・・けっこう。

感情があるものは、喜怒哀楽いろんなのが入り混じって生きてますから。

生きてるんですから、仕方ない。

 

 

 

日本の四季から、冬だけなくして!夏だけなくして!てわけにはいかないし。

 

 

 

「ある」ものは、そうある必然があるんでしょう。

 

 

 

 

 

 

どこを見たらわからないとき

笑いたくても笑えないとき

 

 

 

足が出るなら歩いてみませんか。

声が出るなら話してみませんか。

 

 

 

足、声、おもい、視線・・・

何かしら前に落していけば、それは『』。

 

 

 

 

ただひたすら、

いろんなかたちの『歩』を続けていたら・・・

 

 

 

景色が変わってくるはず。

何かにぶつかるはず。

 

 

新しい動きがうまれたらしめたもの。

 

 

 

 

歩 歩 歩 歩 歩・・・・・・・・・

 

ふ ふ ふ ふ ふ・・・・・・・・・(^。^)

 

 

歩 歩 歩 歩 歩・・・・・・・・・

 

ほ ほ ほ ほ ほ・・・・・・・・・ (^・^)

 

 

 

 

一滴の水も集まったら大河になるっていうなら、

微かなわらいも、静かなわらいも、大笑いにつながる!

かもしれませんもん(^^)

 

 

 

そういえば、

今日って「フフフ」の日ですね(なんか不気味?(^^ヾ

 

 

 

 

 

2月22日

「222」の日。

 

「西に水を求めに行くとよい日」と感じます。

 

 

 

動いてみるかな、て思われた方は・・・

 

 

自分なりのアンテナで、計画を立ててみてから、

(ご自身の)みたまに、

「得意分野の方、『222の日に、西に水を求めに行く』のに

必要な力を貸してください」

と言葉か想いで伝えてみてください。

 

2月22日、

ご自身に必要な要素をおとすための動きを与えていただける思いますよ(^^)

 

 

 

短い言葉から、

とてつもなく深く広いものをたぐり寄せるような感じでしょうか。

 

 

 

 

世紀の大発明にしても、大発見にしても、

何気ない、ちょっとしたことへの興味から成ることが意外に多いいんですよね。

 

 

 

ノリ、で上等です(^^)

何の説明もしてない一文なんですから。

 

 

なんだか楽しいかも?て気がしたら

おすすめです!!

 

 

 

 

緊張感

今月のリーディング体験会も無事終了しました!

耳を傾けてくださる方々、ご紹介くださる方々、本当にありがとうございましたm(_ _)m

 

 

今日もそうでしたが・・・

 

セッションでもリーディングでも、いつもそう。

お相手にお会いする前には、緊張感が漂う。

 

 

 

 

緊張感に包まれると、

年齢はごまかせないけど、気持ちは新鮮&真っ白になる気分(^^)

   

 

 

ちょうどいい加減の緊張感が、

自分の襟をただし、きちんと初心のイチを整えて、

あふれてくるモノを受け取りやすくしてくれます。

 

 

 

 

若い頃は 緊張感は遠ざけたいものでしたが、

今はじめて思います。

 

緊張感、

て 味方だったんだなぁ・・・と。

 

 

 

 

 

音がしみこむ

昨日ブログに書いた曲ですが、

帰りの車の中でも聴き倒し、歌い倒しました。

 

 

うまい下手は別として・・・(^^;

 

 

 

 

 

なんだか、

泣くほど元気づけてくれるイイ曲を

泣かないで聴けるまで、

泣かないで歌えるまで、リピートしてみたらどうなんだろう?

て、思いたってやってみたんです。

 

 

 

 

回を重ねるごとに涙声が減ってきて。

そうしてるうちに、気持ちよく 楽しく いい波を自分から押し出すように

歌えてきたんですよ。

 

 

 

歌の力がしみこんで、充電完了されたんでしょうか?

なんか、ちょっと つよく(という表現が一番近いんですけど・・・)なれた感じ。

 

 

 

やわらかさだけではない、芯あるやさしさを求める気持ちに追い風が吹きました。

 

 

 

 

わたしが一番欲しかったものは・・・?

人生振り返って こんな風に心の底から思えたら 最高にしあわせだろうと思う。

 

 

 

久々に聴いたこの曲。

 

しみたー。。。

 

 

今朝、通勤中に、

一人運転しながら聴いてしまってので、

よけいに歌詞がよく聴き取れて・・・

 

 

ほろりときてしまったですよ。

 

 

 

 

槇原くんの

『僕が一番欲しかったもの』(http://www.youtube.com/watch?v=3LEgP4wKD3k

 

 

 

 

軸を見直す月

大きな意味での軸の役目は別として、

人には個々のための軸がある。

 

 

生きている中には、老若男女問わず

個々のための軸がある。

 

 

 

様々な出来事に出くわしながら、

「気にかかる」ことを増やしたり減らしたり。

 

 

 

依存したり、表面だけやり過ごしても、

気にかかることは消えてない。

 

 

 

気にかかるたびに、心のひだが触手のように伸びて、あることに引っかかり

そして、またあることに心のひだを伸ばして引っかけ・・・

 

 

自分で解決していないことやおざなりにしていることは、

そのまま引っかかったまま。

きちんと、心にひだが戻っていない。

心不安定。

 

 

引っかりが多くなることで、心は安定を欠く。

 

心は『軸』を支える栄養吸収の場。

その心が揺らげば、当然軸も揺らぐ。

 

 

折れるか、曲がったままになるか、倒れるか・・・

いずれにしても、そのままでは心のひだまでちぎれちゃうんじゃないか。

 

 

・・・・・・・・。

 

 

 

モノに頼る、人に頼るのも極まると同じようなことになるんじゃないか。

 

協調性を持つことは大事。

だけど、人の色に染まることや依存することは違うと思う。

 

 

境目が見えなくなってしまうことはあると思う。

そして、いつの間にか境界線をこえてしまう。

 

 

 

目の前のことについて、今一度丁寧に向き合って、

自分の努力・自分の思い・自分の考えを持つことで、

まずは『自分』というものをしっかりと認識しなおすことはとっても大事。

 

 

 

まずは、きっちりと『自分』がある自分になれるように。

まずは、自分から発する感覚・考え・思いを心に留め置いて周りへ触手を伸ばす方が

軸も安定するんじゃないか。

 

 

心のひだを引っかけたままにしない突破口としても、

「自分らしい自分」を見失わないためにも、

単純だけど、とっても大事なことに思う。

 

 

 

 

なんてことを

昨日、車で200キロ、歩きで5キロの大移動(私にしては)をして迎えた今朝、

活字化したくなったことでした。

なので、丁寧な言い回しでなくて、ぶっきらぼうな言葉でごめんなさい!

 

 

 

そういえば、昨日は11月1日。「111」

軸が3本。

 

シンプルながらも基本的で理想的な安定の姿。

私にとって、

軸の安定に必要な情報を与えていただけたんだと思います。

 

 

心底感謝。

 

 

 

 

 

 

11月は『白』からのつらなり

去年の11月11日に、「白の正月」についての記事を書きました。

今年もまもなく。

 

 

しかし、11月に入り、すでに「白」の空気は漂っております。

 

 

 

 

今月は、

つとめて『白』のイメージからくるひらめきに従って動くのもいいかも♪と感じます。

 

 

奇数日は、純粋に『白』を。

偶数日は、『白』に好きな色を少ーしだけ混ぜたような薄ーーい色味を。

 

 

 

ふと思い立たれたとき、

日にちによって上のいずれかをイメージされて、

浮かんだものを鼻先にぶら下げながら行動するかのように

動いてみられるのもおすすめです(^^)

 

 

 

視覚的な色味からのイメージでも、そうでなくても何でも。

 

たとえば奇数の日なら・・・

 

           すっきりしたいから、滝にでもうたれてみよう!

                    ↑  

    白いシャツ着よう! ← 白 →大根買って今晩はおでん!

                     ↓   

                 雲を眺めよう!

 

無数にあると思います。

 

個々のイメージですから、なんでもありです。

浮かんできたもの(感じたもの)を大事にしてください。

 

 

 

 

なんじゃそれ、て感じかもしれませんが、

なんだか、

「自分本来のもの」が住まう

奥のところに響くものを引き寄せてくれる気がするんです。

 

 

 

 

するもしないも、イメージ同様自由ですから、

気が向かれたらどうぞ(^^)!

 

 

 

 

 

メモ書き、走り書き。

うまく表現ができなくて、書くことに気がむかないままにしていたことがあります。

 

かといって、

今から書くことが、きっちり思いを表現できてるわけじゃないんですが、

そのままイメージを浮いた状態にしておいたら、

さらに漠然として言葉にできなくなりそうなので、

一通過点として、自分のために書いておこうとパソコンにしがみついています。

 

 

 

 

過去世とか未来とか、

こういう仕事をし始めた時期は

「今」から見て前か後ろの方向の時間を意識した言葉を使っていましたが、

みたまを感じさせていただくごとに、しっくりこなくなってしまいました。

 

 

 

「人」を基準に語るには、

過去と未来で語るのがわかりやすかったりするのですが、

 

 

「みたま」を基準に語るとき、

どうしても「過去-現在-未来」という縦の線だけでは話が進まないことが多いんです。

 

 

『他の次元』とかいう表現で、横の線を交差させたり、

横の線の中にも、はじめの縦の線に沿って並行する『他次元での縦の線』など、

 

 

一つのみたまを感じながらも、

あらゆる方向にびっしりと存在する情報を感じずにはいられません。

 

放射線状に、という言葉も今ひとつしっくりきません。

 

 

「すべて」という空間に、あらゆる情報があって、

それは果てしなく落とし続けられる『イシキのあつまり』。。。のような・・・

 

 

 

仕事上、目の前にいらっしゃる方にお伝えするとき、

今のその方に必要なメッセージをお伝えし、

落とし込んでいただくために

 

 

そのメッセージの出所となった時と 今のその方とを線でつないで、

関係性を語るのに位置づけというか方向付けみたいなものが

必要になったりします。

そこで「過去-現在-未来」や、「他の次元」とかいう言葉を使ったりしています。

 

 

 

 

『みたま』との意思疎通とかケアには、表現でなく、オモイやイシキで対応するので

表現することは意識しないでいられるんですけどね。

 

 

 

メッセージだけをいただいて、目の前の方にパッと渡せば話は早いのでしょうが、

人として生きる私が受取り、

人として生きる相手の方に伝え、心に落とし込んで先へ進んでいただくには、

ある程度のイメージが描ける言葉を差し出すことも必要なんだと思っています。

 

今の私は。

 

 

 

カタチやモノでなく、

『イシキ』が本当の意味で主とされる時が戻ってきたら、

表現に困ることも少なくなりそうですけどね(^^)

 

 

 

 

「取り返しがつく」ということ

このことが、今朝ふいに意識の最前面にはりついて離れません。

 

 

 

息子の弁当つくりながら、娘のご飯しながら、コン太をよしよししながら。

いつの間にか、

「取り返しがつく」って・・・

と意識がぐるぐるまわっていました。

 

 

 

人生、というものの流れにおいて、とまっているものはない。

「起こったこと」は、その瞬間にしかないこと。

 

 

そういう意味では、取り返しのつくものはないんじゃないか。

それだけ、取り返しがつくという言葉を簡単に口にしたらいけないと思えた。 

  

 

「取り返しがつく」と言う言葉を

気持ちを支える言葉につかうことはあるかもしれないけど、

気休めにしてはいけない気がする。

 

それは、自分にも相手にも。

 

 

努力する前から、向き合う前から、

気を休める場所を携えていたら 前には進めないんじゃないかな。

 

よほど強い人ならあえて携えて、そこへよっかからないようにと

心の筋トレをする人もいるかもしれませんが。

 

今の私には、その余裕はないけど。

 

 

 

 

やり直す努力によって得るものは、元の出来事とはちがう「新たな今」 。

 

過去にあったことを「取り返したい」「やり直したい」と、

意識しながら「今」という瞬間瞬間を踏ん張ったり、進んだりすることで

生み出される。

 

 

 

元の出来事は、元の場所にある。 

元の場所で、未来の自分が道を見失うことないように踏ん張ってくれてる。

 

 

 

 

再生のチカラによって、生み出された「あらたなもの」「よりよきもの」

を今に感じるとき、

 

そこにいるのは、

再生のチカラ・生み出す力を持った、

力強くなった自分。

 

 

 

 

まったくの同じもの・状況を取り返すことはなくても、

過去の傷から目をそらさないで向き合う先には

光増す未来が待ってると思います。

 

  

そのために、情報はみたまという空間に刻み続けられているのかも。

 

光増し、光増し・・・

いずれすべてが、一つの『ヒカリ』になる・・・かな・・・

 

 

 

 

 

ん~、ここまでの表現で精一杯です。

お付き合いありがとうございました(^^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五感に『再生』のチカラあり

8月23日の朝方の夢。

 

 

見えない力が押し寄せて、

ついに地球のまわりの惑星や星たち?が消滅。

地球も4分の3が消滅。

 

 

その時、きこえたのが・・・

 

 

 

「失ったもの。

 五感の作用をもって、地球を再生させよ。」

 

 

 

地球上に生かされている人類への言葉なんだと思いました。

 

 

 

 

 

よみがえりの『8』の月の、23日「ふみの日」。

 

「よみがえり」という意識からの

『再生』のための便りかもしれない。

 

 

 

 

 

 

『水』

8月は「すべてのバランスをとる」がテーマになろうかと思って突入しましたが、

その動きに、大きな存在感で寄り添ってくれたのが『水』という存在だったので

水への思いを走らせております。

 

 

 

 

いろんな水のカタチを感じましたが、

今朝ほど「ココロをひらく」というフレーズが浮かんで離れず、

水との関係もあるように思えたのでちょっと触れてみます。

 

 

 

 

立て付けが悪くなったりして鉄製の扉の開閉が難しいとき、

蝶番に油をさしたことがあります。

これがまた、うそみたいに必要以上に滑らかに開閉できるようになったりして。

 

 

 

 

元々のその方のもつ性質もありますが、

人の場合、体の不具合や気持ちのみだれが元で、

ココロのとびらが、ひらかなくなることがあります。

 

 

 

鉄に油をさしたように、人には水、「うるおい」を注いでさしあげると、

あら不思議、ココロのとびらが軽くなるような・・・(^^)

 

 

 

この「うるおい」とは、

水をあげればいいのか、寄り添うやさしさなのか。

必要なコトバなのか・・・

もしかしたら、笑顔?ゆるやかな時間?

 

 

 

受け取る人も、差し出す人も千差万別。

ほんとうに相手を思いやって、差し出すもの。

それが、その人なりの「うるおい」。

もしかしたら、その思いやり自体が「うるおい」なのかもしれないけど。

 

 

 

『水(=うるおい)』のカタチはいろいろあるんですね(^^)

 

 

もし、何かしてあげたい!といろいろ思っても、何もみつからない・・・て時は、

「何もしないで、気持ちをむけてあげること」が必要なことだってこともあります。

 

 

カタチをあげる人。

オモイをかたむける人。

いろんな役があるんでしょう。

 

 

一人で何役ももって行かれては、

他の方々への役が回らなくなりますし・・・

他の方のお役目のチャンスをうばってもいけませんし。ね(^^)

 

 

あせる必要はないですよ(^^)

ココロあるところに、うるおいは漂うものです。

 

 

 

 

 

 

 

8の月

まもなくですね。

8月。

 

 

『すべて』のバランスを整えることがテーマ。

として、動いてみようと思ってます。

 

 

とっても漠然としてますね、すみません(^^;

 

でも・・・、

漠然とした表現でないとあらわせないのです。

 

 

 

 

8月

すべてのバランスをとる意識を

『中心』ではなく『宙心』において、働かせていかねばならない気がします。

 

 

意識を集中、集宙

 

 

 

 

7の月

「7」

 

七つの星

 

北斗七星

 

ヒシャク

 

・・・・・・・・・。

 

 

 

 

6月、くるくると回して混ぜたもの。

 

それを今月はすくい上げて器に盛る。ということか。

 

 

 

 

人の中にある「器」に盛る?

 

自分の中に盛る? 他の誰かの器に盛る?

 

どの器にも上手に注げますように。

 

 

 

さて、自分の中の器には、どれだけ注げるのかな・・・?

 

 

 

 

 

 

どの器に注いだものも、

 

最後の一滴まで取り込んでもらい、

 

8の月には美しく循環し、

 

よみがえりの8の字をえがけますように。

 

 

 

 

『カンキョウ問題』

すべて

というカンキョウ

 

 

 

『思念』は、人のからだの中にとどまりません。

 

カンキョウ、に流れ出し

見える、あるいは見えない、あらゆる存在するものに影響をあたえうる。

 

 

 

呼吸みたい。

流れ出すのが「息を吐くとき」

影響を受けるのが「息を吸うとき」

 

 

 

呼吸するにも、「いい空気」「おいしい空気」がいいように

影響されるなら、「いい思念」「たのしい思念」がいいなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

 

『思念』の生産者として、

カンキョウによいものを育てる努力をしていきたいと思っています。

 

カンキョウ浄化の努力もし続けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り子みたいで、ちょっとちがう

人の手を煩わさないように、

グッと、自分ひとりで踏ん張ってるときが、

真正面から吹雪に向かって

全身の力を込めて、おし進めるように一歩一歩進んでる感じの・・・

 

「突破する力」

 

 

 

 

救いの手に自分の手を重ねさせてもらったときが、

暖炉の前で毛布にくるまり、冷え切ったからだを

外側からじわぁ~と、やんわりと、ときほぐして暖めていってる感じの・・・

 

「柔軟で、広がりのある、隅々まで力を満たし育む『力』」

 

 

 

 

 

 

 

 

自分がどっちかだけに偏ってるな・・・

て思ったときは、逆な方を心がけてみると、

「感じ方」も全く変わり、

「感じるもの、受け取るもの」も同様に。

 

 

 

 

 

行ったり来たりしているようでも

いろんな経験と時間が、

自分を変化させてくれています。

 

 

 

 

足を前へ踏み出そうとする気持ちがあれば、

必ずや、必要な変化を与え続けてくれるのだと思います。

 

 

 

 

その「足を前へ踏み出す気持ち」。

手助け、あと押しは周りからのものであったとしても、

この気持ちだけは、自分にしか湧かせられないものだと思います。

 

 

 

ここだけは、人にゆだねてはならないもの。

自分の道しるべとなる光をともすスイッチだから。

 

 

 

自分の道しるべは自分でスイッチを入れない限りは、

自分の『光』に灯りをともせません。

 

 

 

 

スイッチのすみか、心の真ん中。

心の真ん中、「中心」。

 

中心をなくさないように、

行ったり来たり、あがいてみたいもんだ。

 

 

 

と、思った週末でした。

 

 

 

 

 

今日もまた、

話が大きくカーブしてゴールしたような・・・

そんな気がしてなりませんが、

終わっちゃいます!

 

 

 

 

ミニチュアファイター

ちょっとした腹立ちや苛立ちの「芽」が出るのと同時に

ファイティングポーズをとったミニチュアサイズの私の姿が

イメージとしてかぶってくることがちょこちょこあります。

 

 

 

 

お腹の奥の方にいる感じで、

それを右斜め後方の上の方から見ているイメージ。

 

 

 

孤軍奮闘!みたいな、小さなファイターに、

思わずフッと笑ってしまって、怒りの芽吹きは消え去っちゃいます。

「何でこんなことで怒りよるんじゃろ」て。

 

 

 

 

対象に向き合ってるファイティングポーズかと思ってたけど、

もしかしたら、

私の、

なにも光を生むことのない

「たたかい」の気持ちに対してなのかな?

 

 

 

 

だとしたら・・・

私、一発で、ていうより一発もくらわないままKO・・・?

やるじゃん。

 

 

 

 

きっと、

 「たたかう力」てのは、

 もっと大切なもののために使わないと!

 光に向かう時に、使わなきゃだめジャン!

て、檄を飛ばしてくれてるのかもなぁ・・・

 

 

 

がんばります!!